Marguerite Ragnarok

 

法と秩序の神は黒き大神の人形となり果てる 1

 

昔の話。

これは戦神の物語。
まだアース神だった一人の神の物語。

 

神の国・アースガルドには黒き大神と形容されるオーディンが王の座にいた。
人間には戦死者の神とも呼ばれている。
彼は何人たりとも敵を寄せつけないほど絶対の力を持つ神であった。

時を司る国の王女だった女性がいた。
その女性は大地の女神・フィヨルギュンといい、彼女はオーディンとの間に第一子をもうけた。
その子供はどちらの血も色濃い、力の強い子供だった。
彼は幼いときからその力で神に敵対する霜の巨人族を薙ぎ倒し、後に「巨人殺しのトール」と恐れられる。

 

長男のトールはとても力強い。
最近ではその力はオーディンと並ぶのではないかと噂されている。
おそらくアースガルドでトールが一番の実力者と認めない者はないだろう。

しかし、剣でなら分からないぞという声があった。
力でなく、純粋に剣の技術、センス、才能をいうのならたとえトールでも負けるのでは?
といわれる神がいた。

それはトールの異母弟にあたる戦神・テュール。

少し前からエインヘリヤル(オーディンが集めた戦死者の英雄たち。アースガルドの兵隊。)が
過ごすヴァルハラで剣の試合に参加していたのだが、誰も彼の右に出る者はいない。
誰も剣で触れることすらできないのだ。

その試合を受けてエインヘリヤルたちは噂した。
テュールの剣の実力はトールをも超えるのでないか…と。

 

オーディンはエインヘリヤルの噂を聞いた。
そして玉座・フリズスキャルヴに腰掛け、傍らにひかえる女神…正妻のフリッグに言った。

「フリッグ、トールとテュール…二人を戦わせてみようか」
オーディンの気まぐれ、悪い癖が始まった。

「あなた、あの子がエインヘリヤルたちと戦ったのは試合じゃないの。普段から本物の巨人と戦っているトールと戦わせるなんて…」
フリッグはそのことに反論する。

「君は私たちの子であるテュールが負けると考えるんだね?」
オーディンは薄く笑う。考えに目を向けているような視線で。

「だってあの子はまだ小さいのよ?」

「試合と変わらない。別に殺しあいをさせるわけじゃない。私はどうなるか見てみたい。」

フリッグは止めても聞かない、とため息をついた。

「あなたはどちらが勝つと思うの?」

「分からない。でも意外な結果が出るかもしれない。」
オーディンはそう言って何か企んだような不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

グラズヘイムを吹き抜ける風。

その風に細い黒髪がなびき、金色のイヤリングがチリンと甲高い音を鳴らす。
白、金、黒を基調にした服を乱すことなく着ているのは彼の性格であり、どうあっても高貴な身分から
くるものだろう。

テュールという神は確かにここにいた。
オーディンの庭、グラズヘイムの片隅に…いつも独りで立っていた。

「風が強くなってきた…」
テュールは遠くを見て呟いた。何か嵐を予感してか…

「テュール兄様ー!」

いつもの声が聞こえた。白銀の髪をした小さな妹の…。
妹は近くに来て「やっと見つけた」と嬉しそうに微笑む。
そして乱した息も整えずに用件を述べた。

「お父様がテュール兄様を呼んでるの。」

 

 

 

テュールが王の間に来ると既に他の家族がひかえていた。

オーディンは王座フリズスキャルヴに、テュールの母フリッグはその横に。
そして兄のトールがオーディンの前に。

何事だろう?とテュールは思った。
隣の妹は物々しい家族の様子に不安げな表情を浮かべる。

「テュール、こちらに来なさい。」
オーディンがそう言ったので、テュールは前に進みトールの横に立つ。

「で?何だよ用って?」
トールは父に敬意を払うでもなく、腕を組んだままざっくばらんに尋ねた。
とてもめんどくさそうに見える。オーディンがろくでもないことを言い出すのを本能で悟っているのだろう。

オーディンはにやりと笑った。

「ちょっとした考えだトール。最近の噂を知っているか?エインヘリヤルたちが何を噂しているのか…
彼らは力ばかりで頭の回らないお前から力を奪い、剣を持って戦わせたらテュールに劣るのではないかと言っている。
全く彼らは賢い…ただ獣のように拳をふりまわすより文明的に武器をとって戦う方が強いと分かっている。」

エインヘリヤルはそこまで言っていない。むしろトールの強さを尊敬している。
脚色をかけすぎて嘘になってしまっている…

「何が言いたい!?その言い方だと俺が獣みたいだと言ってないか!?っていうか馬鹿っつったな!?」

「そうだ。お馬鹿なお前によく分かったな。」

オーディンとトールの仲はさほど良くない。改めて語るまでもないのだが…
狡猾で嘘つきな性格のオーディンと馬鹿正直な性格のトールではそりは合わなくて当然だ。

父と兄の険悪なやりとりをテュールは呆然と見ていた。
「なぜ私はここに呼ばれたんだろう…?」
そう考えて…

 

 

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